豚肉なのに「やきとり」という謎
室蘭やきとりの歴史を語るには、まず鉄と炭鉱の街・室蘭の成り立ちから始めなければならない。
働く男たちが腹を満たすために生まれた庶民の味である。「やきとり」と堂々と名乗りながら豚肉を使うという、関西人からすると「ちょっと待てや」と言いたくなる料理なのだが、これには深い事情があった。
養鶏が制限されていた時代、豚モツを串に刺して炭火で焼いたのが始まりである。時代が生んだ必然の産物というわけだ。
息子二人旅、2軒目の試練
20時半、息子と共に昭和21年創業の老舗「吉田屋」の扉を開けた。
「もう串はないから!」
入るなりの強烈な一撃である。室蘭の焼鳥を食べに来たのに、串がないとは何事か。普通なら『いらっしゃいませ』のところを『もう串はないから!』とは、なかなかの戦闘態勢である。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。メニューに書いてある串の名前をメモして渡したところ、レバーだけが売り切れらしい。
なんやあるやん。(笑)
最初の威嚇は何だったのかと思わずツッコミを入れたくなる展開である。
満身創痍の戦士たち
店内を見回すと、そこには壮絶な光景が広がっていた。
魚を捌いたときに指を切った串焼き担当のおばあちゃんママ。右手首にサポーターをしながら左手1本で皿を片付け、洗うお姉さん。そして料理を作って仕切っているリーダーっぽいもえちゃんは、首に湿布を貼っている。
満身創痍である。
しかし、その全力で店を切り盛りしている姿は、まさに職人魂の塊であった。こんな状況でも店を開け続ける心意気に、敬意を表さずにはいられない。店に入るなりの臨戦態勢の意味も理解できた。
室蘭やきとりの真髄
「室蘭やきとり」の特徴は、豚肉と玉ねぎを甘辛いタレで焼き、洋がらしを添えて食べるスタイルにある。

ネギの代わりに玉ねぎを使うのは、いかにも北海道らしい発想である。モツから精肉に変化を遂げ、今では地元の定番グルメとして君臨している。
各店が独自のタレを工夫しており、食べ比べも楽しみの一つだ。
ちなみに追加オーダーのサーモンザンギはなかったが、玉ねぎバターはあった。この辺りの在庫管理も、なかなか読めない店である。

戦いを終えて

店を出るころには他の2組の客も帰り、店は落ち着きを取り戻していた。
あれほど戦闘態勢だったおばあちゃんママは、カウンターの中から座敷の柱へと移動し、もたれながらうたた寝をしている。その姿を見て、ようやく一日の激戦が終わったのだと実感した。
21時半、我々は静寂に包まれた店を後にした。
店を出るときの「ありがとうございました!」という汗をぬぐいながらの笑顔を見て、最初の先制パンチにひるまなくてよかったと心から思った。
会計は5300円。満身創痍の戦士たちに支払う対価としては、決して高くはない。
息子と共に味わった室蘭やきとりの夜は、予想外の展開と人情味あふれる店主たちとの出会いで、記憶に残る一夜となった。
関西とはまた違った食文化の奥深さを感じながら、次なる冒険へと歩を進めるのである。
基本情報
室蘭吉田屋は昭和21年(1946年)創業の老舗やきとり店で、70年以上にわたって愛され続けている室蘭やきとりの名店です。地元の人はもちろん、観光客からも人気が高く、秘伝のタレで焼いた豚精肉の焼き鳥が自慢です。
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