復元が進む古代の住居跡
2025年8月9日、晩成温泉に入る前に、ホロカヤントー竪穴群復元竪穴住居を見学した。昨年よりも復元が進んでいる。

茅葺きの円錐形の住居が青空に映え、1000年前の擦文文化の暮らしを鮮やかに想像させてくれる。海を見下ろす丘の上に立つその姿は、古代の人々がこの地でどのような生活を営んでいたかを静かに語りかけている。
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そして昨年えらい目にあった十勝のグランドキャニオンへリベンジだ。
昨年の悪夢を胸に
2025年8月9日、晩成温泉に入る前に、ホロカヤントー竪穴群復元竪穴住居を見学。
昨年よりも復旧されている。
そして昨年えらい目にあった十勝のグランドキャニオンへリベンジだ。
14時5分、晩成海岸に到着である。快晴だった。今日は昨年のリベンジである。去年の8月11日、雨の中を「砂浜歩いて行けるやん!」と軽い気持ちで出発したものの、満潮と強風波浪に挟み撃ちにされ、波に追い詰められながら岸壁に押し付けられて命からがら脱出した、あの悪夢のような体験から1年が経った。
あの時は「ヘソから下はびしょ濡れ&砂まみれ」という完全敗北の姿で車に戻ったのである。今思い出しても冷や汗が出る。

天と地ほどの違い
砂浜に足を取られるから上の草地を歩いた方が良い、というのは昨年学んだ貴重な教訓だった。この天気で海岸線を歩くのはそれなりにきついが、昨年の決死のサバイバルに比べれば天国である。
青い空と海、そして茶色と黒い地層がむき出しになったダイナミックな断崖絶壁。去年は荒れ狂う波と雨に気を取られて、こんな景色をゆっくり眺める余裕など皆無だった。青い空と縞模様を描く地層のコントラストが、なんというか力強くて心に響く。「ああ、去年見たかったのはこの景色やったんやな」と、しみじみ思う。

ホロカヤントウ湖の大変身

そして何より驚いたのは、隣のホロカヤントウ湖の美しさである。去年は小雨まじりで、断崖絶壁と荒波にばかり気を取られていたが、晴れた日はこんなにも表情が変わるのかと目を見張った。
湖面はやわらかく光を反射し、空と雲を映す鏡のようである。遠くには海とつながる境界線が見え、淡水と海水の世界が静かに溶け合っている。水面を羽音で割る水鳥たちの群れが、光を散らしながら一斉に舞い上がる様は圧巻だった。

去年はここで「え?え?ヤバいヤバいヤバい!!!」と叫びながら波と格闘していたのが嘘のようである。
時間と記憶の重なり
太古の昔から積み重ねられた地層の断面を眺めながら、去年の自分の記憶も重ね合わせる。あの時は「グランドキャニオンなんてどうでもええから、とにかくここから脱出せな!」と必死だった。完全にサバイバルモードで、地層の美しさなど目に入らなかった。
今日は違う。穏やかな波音を聞きながら、何万年という歳月が刻まれた崖面をじっくりと観察できる。時間の重さというものを、今度は恐怖ではなく感動として味わっている。

同じ場所、違う体験
もちろん、帰りも同じ距離は砂浜を歩くので汗だくになるのは変わらない。足元をすくう砂と格闘するのも同じである。だが、今日は波に追われることもなく、岸壁に押し付けられることもない。
海岸を後にしながら、自然の気まぐれと人間の無力さを改めて実感した。同じ場所でも、天候と潮の満ち引きでこれほど体験が変わるものかと。去年の教訓「次は満潮の時間を確認してから行こう」は、確実に活かされたのである。
でも振り返ると、去年のあの決死の体験も、今となってはちょっとおもしろい思い出になっている。人生、そんなものかもしれない。